COLUMN 管理栄養士コラム

2025年高血圧治療ガイドライン改定の概要と栄養指導の変更点

2025年高血圧治療ガイドライン改定の概要と栄養指導の変更点

はじめに

2025年、日本高血圧学会(JSH)は「高血圧管理・治療ガイドライン2025」(JSH2025)を刊行しました。前回2019年版から6年ぶりの改定となり、名称が「治療」から「管理・治療」へと改められた点が象徴するように、発症前段階からの予防・生活習慣改善の重要性がより強調されています。

高血圧は日本人の約4,300万人が罹患していると推定される国民病であり、脳卒中や心筋梗塞など重大な合併症のリスク要因です。その管理において食事療法(栄養指導)は、薬物療法と並ぶ基本的かつ不可欠な介入です。

高血圧には本態性高血圧と二次性高血圧の2種類に分けられます。二次性高血圧は甲状腺や副腎の疾患による影響で起こる高血圧です。日本人の高血圧のほとんどは病気によるものではない本態性高血圧です。本態性高血圧は生活習慣と遺伝子により引き起こされます。【厚生労働省,健康日本21アクション支援システム】

本記事では、ガイドライン改定のポイントを概観したうえで、厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」やe-ヘルスネットの記載に基づく、栄養指導の最新の考え方を整理してご紹介します。

1.ガイドライン改定の全体像

1-1.名称の変更

「高血圧治療ガイドライン」から「高血圧管理・治療ガイドライン」へ改称されました。これは、治療中の患者だけでなく、正常高値血圧(130–139/80–89mmHg)や境界域の人々への早期介入の重要性を明確化したものです。

1-2.診断基準・降圧目標値

診察室血圧で140/90mmHg以上を高血圧と診断する基準は従来通り維持されました。一方で、75歳未満の成人では130/80mmHg未満を降圧目標とすることが再確認され、生活習慣改善による早期からの血圧管理が推奨されています。また、自宅で測る家庭血圧は診察室血圧よりも-5mmHg低い低い基準が用いられています。

1-3.生活習慣改善の強調

薬物療法の適応がある患者であっても、食事・運動・禁煙・節酒といった生活習慣の修正が治療の基盤であることが強調されました。

血圧の改善のための医学的な基本事項や最新のエビデンスの説明だけでなく、血圧を下げる具体的な行動に繋がるガイドラインとして作成されています。【日本高血圧学会,高血圧治療ガイドライン】

2.栄養指導に関する改定の要点

2-1.減塩の徹底

  • 厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、生活習慣病の予防に向けた目標として食塩摂取量を成人で1日6g未満に抑えることが掲げられています【厚労省, 2024】。
  • e-ヘルスネットでも「食塩摂取の過剰は血圧を上げる」と明記され、加工食品や外食の利用が多い現代では、食品選択や調理法の工夫が不可欠であるとされています【e-ヘルスネット, 高血圧と食生活】。

本態性高血圧の原因には食塩の過剰摂取・肥満・飲酒・運動不足・ストレス・遺伝子等がありますが、日本人の高血圧の主な要因は食塩の過剰摂取です。【厚労省,健康日本21アクション支援システム】

2-2.カリウム摂取の推奨

  • カリウムは体内のナトリウム排泄を促進し、血圧を下げる作用を持ちます。
  • 「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では成人男性で1日3,000mg以上、女性で2,600mg以上の摂取目安が設定されています。
  • e-ヘルスネットでも、野菜・果物・いも類・豆類の摂取を通じて十分なカリウムを確保することが推奨されています。
  • カリウムは生の野菜や果物で摂取しやすく、水に溶けやすく加熱調理で流出するため調理法に注意が必要です。

2-3.バランスの取れた食生活(DASH食の要素)

  • e-ヘルスネットでは、高血圧予防に有効な食事パターンとして「野菜や果物、低脂肪乳製品を多く含み、飽和脂肪酸を控える食事」が紹介されています。これは米国で開発されたDASH(Dietary Approaches to Stop Hypertension)食の要素を含んでおり、日本人向けの栄養指導にも応用が可能です。

2-4.アルコール制限

  • アルコールは睡眠の質を低下させ、肥満にも繋がります。睡眠不足や肥満は高血圧のリスクを上昇させるため、寝酒も非推奨です。【厚労省,健康日本21アクション支援システム】
  • 厚生労働省は「健康日本21(第二次)」の中で、アルコールの過剰摂取が高血圧のリスク因子であることを指摘しています。
  • 男性は1日当たり純アルコール換算で20g未満(ビール中瓶1本程度)、女性はその半量程度に抑えることが望ましいとされています。

2-5.体重管理とエネルギー摂取

  • 減量は1ヶ月当たり1〜3kgのペースで行うと身体に負担を掛けずに実行出来ます。
  • 肥満は高血圧の強いリスク因子であり、「日本人の食事摂取基準(2025年版)」でもBMIを適正に保つことが強調されています。
  • 体重1kg減少により収縮期血圧がおよそ1mmHg低下することが示されており、肥満者に対するエネルギー制限は有効な手段です。

3.栄養指導を実践する上での留意点

3-1.患者背景に合わせた個別化

  • 服薬状況の把握も必要です。降圧薬の副作用によって味覚異常がある場合もあります。
  • 高齢者やフレイルのある患者には、極端な減塩よりも低栄養予防を優先する場合があります。
  • 高齢者は塩味を感じる閾値が上がっているため、特に塩分摂取量が多くなりやすくなっています。
  • 腎機能低下患者では、カリウムの過剰摂取が高カリウム血症のリスクとなるため注意が必要です。
  • 特に透析中の患者はカリウムの摂取量が多くなると危険です。1日当たりのカリウムの摂取量は2000以下が理想とされています。
  • 妊娠時高血圧症候群の患者は減塩と共にタンパク質やビタミンの不足にも注意する必要があります。
  • 入院中の患者は病院内で可能な行動を考えて指導する事が重要です。
  • 病院以外の管理が徹底されていない施設に入居している場合は、差し入れや自身で購入した食品等にも注意しましょう。
  • 通院している患者は嗜好や自炊の有無、職業や勤務時間、運動習慣等の私生活全般の把握が必要です。

3-2.食習慣全体の見直し

  • e-ヘルスネットが強調するように「減塩だけでは不十分」であり、野菜・果物・魚・豆類・適正エネルギーを組み合わせる食事全体の質改善が不可欠です。
  • 動脈硬化は血圧を上昇させる原因です。動脈硬化の予防には脂質の摂取量や質を改善する事が必須です。
  • 動脈硬化を引き起こしやすい飽和脂肪酸は肉や乳製品に多く含まれています。
  • タンパク源として飽和脂肪酸が多い肉よりも、不飽和脂肪酸を含む青魚を多く取り入れた食事が有効です。
  • カルシウムにも血圧を安定させる効果があります。
  • e-ヘルスネットではカルシウムの吸収率が高い牛乳や乳製品からのカルシウム補給が推奨されています。摂取量が多くならないように配慮し、低脂肪乳製品を活用すると良いでしょう。

3-3.自己管理を支援するツール

  • 食塩摂取量を見える化するために食品表示の活用や減塩調味料の提案が有効です。
  • 尿中Na/K比測定(JSH2025で言及予定)は、生活習慣改善のフィードバックに活用できると期待されています。
  • 日本高血圧学会が作成したスポット尿のナトリウム、カリウム、クレアチニン濃度から田中式(Tanaka T et al. J Hum Hypertens 2002)により食塩とカリウムの摂取量を推定するツールは誰でも使用出来ます。【https://www.jpnsh.jp/natkali-e/】
  • スマートフォンで使えるアプリの活用も効果的です。

4.管理栄養士へのメッセージ

JSH2025の改定は、「治療から管理へ」という流れを明確に示し、患者が日常生活の中で血圧を整えるための支援を管理栄養士に求めています。

日常生活の中で食事が血圧に与える影響は大きく、管理栄養士による食事・栄養指導は血圧の改善に非常に効果的です。食事以外にも職種や勤務時間、運動習慣の有無等、嗜好や性格も考慮した上で栄養指導を行う必要があります。

厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2025年版)」やe-ヘルスネットに基づいた科学的根拠のある数値と生活習慣の具体的提案を組み合わせ、患者の年齢・ライフスタイル・合併症に応じて柔軟に栄養指導を行うことが重要です。

栄養指導では患者本人による実行・継続を促す事が何より大切です。より具体的なアドバイスを心掛け、患者が実践しやすいものから始めましょう。最初に関心を示した事や本人にとってハードルが低いと感じる課題に取り組み、そこから難易度を上げていくと続けやすくなります。栄養指導の拒否や離脱を避けるため、触れられたくない・言われたくない事の把握も必須です。患者が押し付けられた、叱られたと感じてしまう話し方や言葉選びは栄養指導の拒否や離脱に繋がるため、絶対に避けてください。血圧や病気、栄養に関する知識には個人差があります。指導を受ける患者がそれらについてどの程度知っているかも理解する事も重要です。高血圧の管理・改善のための理想的な生活と、患者個人の現実との間で最も良い落とし所を見つける事が長期的な継続と改善に繋がります。

5.患者向け 減塩献立例

朝食(塩分:約1.5g)

  • ご飯 150g(塩分 0g)
  • 具だくさん味噌汁(減塩味噌小さじ2、野菜・きのこ) → 塩分約1.0g
  • 焼き鮭(小、塩を振らずに焼く) → 塩分約0.5g
  • ほうれん草のお浸し(だし+少量の醤油数滴)

工夫ポイント

 ・味噌汁は具を多めにして、汁を少なくする。

・鮭は塩鮭ではなく生鮭を使用。

・だしを活用すると風味が出て少ない塩分量で食べやすくなる。

昼食(塩分:約1.8g)

  • 麦ご飯 150g
  • 鶏むね肉の照り焼き(減塩しょうゆ使用、小さじ2程度) → 塩分約1.0g
  • 野菜サラダ(ノンオイルドレッシング大さじ1) → 塩分約0.3g
  • ひじきの煮物(減塩醤油使用) → 塩分約0.5g

工夫ポイント

・副菜は煮物より酢の物や和え物を多めにすると減塩しやすい。

・下味はレモンや酢で酸味を加えて、少ない調味料でも満足感を出す。

夕食(塩分:約2.2g)

  • ご飯 150g
  • 豚肉と野菜の生姜炒め(減塩醤油小さじ2) → 塩分約1.0g
  • 小松菜と油揚げの煮浸し → 塩分約0.7g
  • 豆腐とわかめのすまし汁(だし+減塩しょうゆ少量) → 塩分約0.5g

工夫ポイント

 ・炒め物は「下味薄め+最後に少量のタレをからめる」。

・表面にタレをかけると混ぜ込むより味を感じやすくなる。

・汁物は1日2杯以内を目安にする。

1日合計

  • 食塩:約5.5g
  • 野菜摂取量:約350g
  • カリウム摂取量:目標値の約7割確保

👉 「食塩6g未満」「野菜350g以上」という基準を満たしたバランス献立です。

6.食塩量計算の具体的指導法

6-1.食品成分表・栄養表示の活用

  • 加工食品や調味料の「ナトリウム量(mg)」を「食塩相当量」に換算して説明することが重要。
  • 計算式:
     食塩相当量(g) = ナトリウム量(mg) × 2.54 ÷ 1000
    例)ナトリウム 800mg → 食塩相当量 2.0g

👉患者に商品の食品成分表示を見る習慣を付けてもらうと効果的です。ナトリウムだけでなく、糖質や脂質、タンパク質の項目も見てもらう様にすると尚良いでしょう。

6-2.調味料の塩分量目安

  • 醤油 大さじ1:約2.6g
  • 味噌 大さじ1:約2.2g
  • 塩 小さじ1:約6g
  • コンソメ1個:約2g

👉 「1日の許容量(6g)」と比較すると、調味料だけで容易に超えることがわかりやすく説明できます。

6-3.実践的な減塩の工夫例

  • 「かける」より「つける」:醤油は小皿にとり、つけて食べる。
  • 香辛料や酸味の活用:レモン、酢、胡椒、生姜、ハーブで味にアクセント。
  • だしの活用:昆布・かつお・干し椎茸など天然のうま味で減塩
  • 加工食品を控える:ハム・ソーセージ・漬物などは塩分が多い。
  • ・インスタント食品を控える:インスタント食品は一品で1日分の食塩を摂取してしまう塩分が多い。
  • ・追加で調味料を使わない・据え置きの調味料を置かない。
  • ・麺類のスープはなるべく飲まずに残す様にする。
  • ・外食や出来合いの商品の購入頻度を下げて自炊の習慣を作る。
  • ・商品を購入する場合は減塩のものを積極的に選ぶ。
  • ・間食には塩分が含まれているスナック菓子や煎餅は避け、カリウムが豊富な果物を適量食べる様にする。
  • ・調理の際には減塩調味料を活用する。

まとめ

JSH2025の改定は、「治療」から「管理・治療」へという流れを示し、生活習慣改善の中でも栄養指導の役割をより強調しました。
厚生労働省の「日本人の食事摂取基準2025」や e-ヘルスネットが提示する基準(食塩6g未満、カリウム摂取増加、野菜・果物摂取推奨など)を具体的に臨床現場に落とし込むことが求められています。

「日本人の食事摂取基準2025」や e-ヘルスネットが提示する基準は患者の重症度や合併症の有無と照らし合わせて活用する必要があります。1つの基準や数値に囚われず、多面的な視点で患者を見る事が大切です。特に腎疾患、透析をしている患者の高カリウム血症は非常に危険なため、注意してください。

献立例や調味料換算など、患者が日常生活で実行できる具体策を示すことが、管理栄養士の大きな役割です。また、指導するだけでなく、食事管理やナトリウム摂取量の計算用のツールを使用したり、食品表示を見る習慣を付けてもらう等患者自身が自分で管理出来る様にする事も栄養指導では大切です。指導する内容は患者個人の性格や関心度合い、ライフスタイルを考慮したものにしなければなりません。『正しいやり方』を押し付けるのではなく、指導を受ける相手が実行・継続可能な方法を提案する事が重要です。科学的根拠のある数値と理想的な食生活、患者個人の背景を統合して考え、より良い指導を実践する事が栄養指導を行う管理栄養士の役割です。

参考文献・情報源(公的機関のみ)

厚生労働省. 日本人の食事摂取基準(2025年版)策定検討会報告書. 公表: 令和6年10月11日(最終更新: 令和7年3月25日)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_44138.html

厚生労働省. e-ヘルスネット「高血圧と食生活」
https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/dictionary/food/ye-044

厚生労働省. 健康日本21(第二次)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kenkounippon21.html

厚生労働省.健康日本21アクション支援システムhttps://kennet.mhlw.go.jp/information/information/metabolic/m-05-003

厚労省,健康日本21アクション支援システムhttps://kennet.mhlw.go.jp/information/information/heart/k-02-008

監修:N・Partner管理栄養士 澤岻薫子

大学の健康栄養学部を卒業後、病院で調理や栄養管理、栄養指導に従事する。介護老人保健施設や福祉施設で勤務を経験した後、現在はN・Partnerで経験を活かしながら特定保健指導やライティングを行なっている。

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